自己紹介

生誕40周年記念✨へっぽこ半生を振り返る②

こんにちばんは、2020年6月末ごろ都内某社に勤めながら那須の田舎に移住した文生伊(あおい)です。

このブログは田舎暮らしキャリア形成を2大柱としているのですが、ブログを通して伝えたいメッセージによりリアリティを持たせるため、又、生誕40周年という節目でもある為、我が半生を振り返ってみました。

第一部では高校生までの出来事を振り返りました。掻い摘むと、

  • 内気で内向型の子供が、
  • 突然アメリカと言う異国に放り込まれ差別に遭い、
  • 母国であるはずの日本に帰国するとキコクシジョというレッテルを貼られて異物扱いされて、
  • 完全に人間不信になり、自分も世界も否定しまくりの歪んだ少女に育つ

ここだけ見ると、まったくつまらん人生ですねw

さて、今回はその少女が大人になっていきますよ~

あなた
あなた
アンタの半生になんて興味ないんですけど!

と言う方は、代わりにご自分の半生を振り返ってみてはいかがでしょうか?

忘れていたはずなのに克服していなかった「痛み」に改めて向き合う事で、心がすっと軽くなりますよ♪

生誕40周年記念✨へっぽこ半生を振り返る①2020年6月末ごろ都内某社に勤めながら那須の田舎に移住した文生伊(あおい)です。このブログは田舎暮らしとキャリア形成を2大柱としているのですが、そんな人間が書いているのかお分かり頂けた方がよりリアリティ出るかと思い、我が半生を振り返ってみようと思います。...

光と闇の大学生時代

高校時代は

あおい10代
あおい10代
アメリカにも日本にも私の居場所がない…

と自分を含めた全てを憎み悩んだ日々でしたが、大学に入ると光の兆しが見えてきます。

「異物」じゃない安心感

私が入学した大学は「帰国子女の駆け込み寺」として有名な大学でした。本当は違う学校を志望していたのですが、諸々の事情により諦めざるを得なかったのです。

あおい
あおい
ちなみに帰国子女枠ではなく一般枠で受験しています

親や教師に勧められるがままに入学した大学ですが、自分と似たようなキコクシジョあるある経験者の学生がたくさんいる環境で、私は少しずつ気持ちが晴れて行きました。

ここならアメリカでの生活の話をしても「自慢」ではなく単なる「思い出話」で済む。

こんなに気が楽な場所があったのか!

この世の終わりみたいな暗闇に、光の筋が差し始めた瞬間でした。

嫌われて当然…え、ちがうの?

結局、大学生活は楽しくもなく退屈でもないという微妙な感じだったのですが、「学校が全て」な高校生と違い、生活の自由度が高い事が功を奏したと思います。

特にハマったのが一人旅。

青春18きっぷを片手に日本全国津々浦々、気ままに鉄道の旅をしました。

宿泊するのはユースホステル。他の旅人たちと相部屋で、一緒に食卓を囲み、一晩だけの「家族」のように過ごせる宿です。

当然、たまたま同じ日に同じ宿に居合わせただけの赤の他人たち。私の過去なんて知るはずもありませんし、詮索してくる人もいません。

旅人
旅人
ここ来る前に〇〇寄ったんだけど、すごく良かったよー
旅人
旅人
写真見せて~?

デジカメで撮った写真を披露したり、お互いの旅の報告などをしながら、他愛のない会話を楽しみました。

お互いの素性どころか名前すら知らないまま時を過ごす仲間たち…当時の私にとっては、最高にして最上の距離感でした。

あおい
あおい
私なんて嫌われて当然だと思ってたけど、そんなことなかったんだ!

思ったことを、思ったようにしゃべっても、

旅人
旅人
おもろいキャラに出会ったなー

で済む世界が、そこにはありました。

自作ホームページ

最高にして最上の距離感はインターネットにもありました。

「ブログ」なんて呼び方も確立されていない時代、私は自らホームページを立ち上げ、趣味の世界を文章化するという作業に没頭したんです。

あおい
あおい
今は死語のBBS(掲示板)で同じ趣味の人たちと交流していたこともあります!

HTMLタグを独学で勉強しましたよ…テキストでコーディングしてFTPでサーバにアップロードして…Perlも齧ったなぁ

あおい
あおい
なので本ブログを作成しているWordPressは逆に勝手が分からずとまどいました…

実際にネットで知り合った人とオフ会的なもので会ったこともあります。

長く続いた関係はないけど、

自分の過去を知らない適度な距離のある人

に対する安心感は、当時の私にとっては必要不可欠なものでした。

「社会不適合者」が社会へ…

とはいえ、リアルつまり生身の人間との生の交流に対する苦手意識は克服しきれておらず、自分は「社会不適合者」だと自覚していました。

学生あおい
学生あおい
大学も楽しみ切れなかったし…

そんなある日、就活を始めることになります。

自分が社会に出てサラリーマンとして働くなんて想像もしていなかったけれど、時の流れとは無情なもの。

父からのプレッシャーも強まりました。曰く、お前は国家公務員になれ、と。

あおい
あおい
私を外交官にしたかったみたいです

私は思いました。

このまま国家公務員になったら、文字通り一生この男の言いなりじゃないか!

国家公務員になりたくないとか、そういう問題ではありません。誰かに自分の事を決められるのが猛烈に嫌なのだと、その時にハッキリと自覚したのです。

学生あおい
学生あおい
ニホンジンだとかキコクシジョだとか勝手な概念で私を決めないで!!アタシはアタシだよ!!

アメリカに渡ったのだって日本に帰国したのだって大学選びだって、何一つ自分で決めていない。

自分で決めていないのに、嫌な目に遭ったり、苦しんだりするのは自分。

許せん。

何の取り柄もないキコクシジョ

でも、やりたい事なんて無い。

実は、大学進学に当たり私は「音楽専門学校に行きたい」と父に相談したが反対され、説得虚しくすごすごと言いなりになったのでした。

もはや将来に希望も夢もない。

学生あおい
学生あおい
父の望まない姿になって奴の呪縛から解放されてやる!

この反抗心だけが私の原動力でした。

そこで、私は気づきます。学生時代にしたことと言えば、一人旅とホームページ作成。華々しいサークル活動やアルバイト経験もなければ、没頭した研究なども無い。

あんなに反発した「キコクシジョ=英語デキル」だけど、他に売りにできるようなスキルも経験もない…かといって就職留年して父に支配された生活を送るのだけは避けねばならん…

や、やむを得ぬ。

かくして、

就活生あおい
就活生あおい
自分の海外経験を生かしてグローバルに活躍したいです!

なぁんて心にもないセリフを吐いて就活し、某民間企業に就職することとなったのでした。

反抗…成功!!

ふっふっふ、反抗は成功しました✨

グローバルとかどうでもいいけど、民間企業に就職して父の支配から逃れるという点においては誰にも負けないヤル気があった訳です。

これが正しい行いかどうかは別として、

自分で決める

という儀式が私にはどうしても必要でした、例え古傷を商売道具に変えたとしても。

だって、自分で決めた事で苦しんだり悩んだりしても、

自分のせい。

わーい 自分のせいだよっ?

親とか皆とか世界とか誰かのせいにする必要が無いんだよ♪♪

あおい
あおい
ちなみ国家公務員なっとけばよかったと後悔したことは一度もありませんw
あおい
あおい
そもそも勉強苦手なんだから公務員試験受からんだろうというのはまた別の話…

私が私という個人の主導権を勝ち取った瞬間でした。

自分の物語の主役は自分

その後社会人になってからも色んな事が起きてますし、幸せいっぱい順風満帆という事はないですが、少なくとも「自分」という軸がブレないで生きた結果がキャリアにも今の生活にも現れているのかなと思います。

ありきたりな言葉ですが、自分という物語の主役は自分なんです。

ニホンジンだとかキコクシジョだとか、関係ありません。

自分は自分です。

同じように、

悩める誰か
悩める誰か
私は〇〇だから…

と思ったり言われたりして身動き取れずにいる人や、誰かのせいにする事でなんとか自分を慰めたり宥めたりしてる人って少なくないと思います。

固定概念や既成概念に囚われないで!!

生きたいように生きよう!

欲しいものを手に入れよう!

自分のために!!!!

生誕40周年記念✨へっぽこ半生を振り返る①2020年6月末ごろ都内某社に勤めながら那須の田舎に移住した文生伊(あおい)です。このブログは田舎暮らしとキャリア形成を2大柱としているのですが、そんな人間が書いているのかお分かり頂けた方がよりリアリティ出るかと思い、我が半生を振り返ってみようと思います。...
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