「足るを知る者は富む」の本当の意味|ずっと貧しかった年収1,000万円女の答え

「足るを知る者は富む」——老子の有名なお言葉ですが。
「欲張らずに、ほどほどで我慢しなさい」的な意味だと思っていませんか?
とある女子正直、「今のままで満足しろ」って言われてるみたいで、あんまり好きじゃないんだよね



分かる。私も昔はそう思ってた。でも原文を読むと、真逆といっていいほど前向きな言葉だったんだよ
この記事では、まず「足るを知る者は富む」の意味・原文・続きの言葉をサクッと解説します(お急ぎの方はそこだけでもどうぞ)。
その上で、年収1,000万円を稼ぎながら、心はずーっと貧しかった私の実体験「稼いでも稼いでも『服が無い』と嘆き続けたあの頃の話」を正直に綴ります。
「頑張ってるのに、なんか満たされない」と感じている方に、何かしらのヒントになれば幸いです♪
「足るを知る者は富む」の意味と原文【まず30秒で】
「足るを知る者は富む」(読み方:たるをしるものはとむ)とは、「すでに自分が持っているものに気づき、満足できる人こそが、本当に豊かな人である」という意味の言葉です。
出典は古代中国の思想家・老子の『道徳経』第三十三章。漢文では「知足者富」と書きます。



「贅沢するな」「ほどほどで我慢しろ」って意味じゃなかったんだ?



それが一番よくある誤解!原文を見ると分かるよ
原文と書き下し文
強く関わっている部分だけ抜き出します↓
(原文の漢文から日本語へ書き下されたもの)
~略~
足るを知る者は富み、強(つと)めて行なう者は志有り。
その所を失わざる者は久し。
死して而(しか)も亡びざる者は寿(いのちなが)し。
これを分かりやすく、くだけた現代語に直すと:
~略~
満足する事を知っている人が本当に豊かな人で、努力を続ける人はそれだけで既に目的を果たしている。
自分本来のあり方を忘れないのが長続きをするコツ。
死にとらわれず、ありのままの自分を受け入れる事が本当の長生きなのだ。
続きは「強めて行う者は志有り」——努力の否定ではない
注目すべきは続きの「強めて行う者は志有り(強行者有志)」。向上心を持って努力を続けることは、むしろ奨励されているんです。
つまり「足るを知る」は「向上をあきらめろ」ではなく、「今持っているものへの感謝を土台に、自分の望みに向かって進め」という、二段構えの前向きな教えなんですね。
正直、「足るを知る」って嫌いだった
告白すると、私はこの言葉がずっと苦手でした。
だって「足るを知りなさい」って、大抵はすでに”持ってる”側の人間や努力とは無縁な人間が言ってくるんだもん。



分かる!「現状に感謝しよう」って言われるたび、「あなたはそれで満足かもしれないけど…」ってモヤッとする



頑張ってる人ほどそう感じると思う。「今のままで満足しろ」=「成長をあきらめろ」に聞こえるんだよね
しかも都合のいいことに、この言葉は「身の丈に合った生活」とか「贅沢は敵」とか、誰かを黙らせたい時の便利な道具として使われがち。
そりゃ嫌いにもなります。
でも最初に書いた原文を思い出してください。
老子は「強めて行う者は志有り」、、、つまり努力する者をむしろ讃えているんです…!
「足るを知る」が否定しているのは、向上心ではなく「無い無い沼」の方。
上ばかり見て、自分が本当に求めていたものを見失って、「アレも無いコレも無い」と不満だらけになるマインド。他人と比べて「〇〇さんは持ってるのに」と焦り、「自分はなんてダメなんだ」と自己否定するあの状態です。



そんな精神状態で長く生きたって、生きてるって言わんくない?
……と、老子は2,500年前からツッコんでいるわけです。
かつての私は、この「無い無い沼」のど真ん中で溺れていました。
年収1,000万円という、傍から見れば「持ってる側」だったにもかかわらず、です。
次章では、その醜態を晒します。
年収1,000万円でも、ずっと貧しかった私の話
社会人になって数年で、私はいわゆる高給取りになりました。
年収800万〜1,000万円で独身子なし。世間的には「独身貴族」ってやつです。
欲しいものは大抵買えたし、「稼いだのだから使って当然」くらいの気持ちで、服、靴、バッグ、エステサロン、ネイルサロン、ヘアサロン、化粧品、健康食品……と、お金を使うこと自体がある種の儀式になっていました。
「服が無い」症候群
中でも象徴的だったのが、服。
クローゼットにズラリと並ぶ服と毎朝睨めっこしては、「服が無い!!」と嘆いていました。



あるのに無い…その感覚、怖いくらい分かる
「服が無い」ので服を買うんだけど、焦りや苛立ちで買った服なんて心底気に入ってるわけがなく。結局ほとんどの服が、一度も袖を通されることなく捨てられていく。
…そんな負のループでした。
買っても買っても満たされなかった理由
いま振り返れば、答えはシンプルで。
だって私、それらが欲しくなんて無かったんだもん。
本当に欲しかったものはごくごく一部で、あとは日々の言い知れぬ焦燥感や苛立ちから「買わずにはおれない」、もっと言えば「買わされていた」だけ。
本当に気に入らなかったのは、服でも物でもなく、自分の生き方そのものでした。それを是正する方法が分からず、物に八つ当たりしていたんですね。
物、ゴメン。



わざわざ貧乏になる為にお金を稼いでたみたいで、複雑な気持ちになるよね。16年間何やってたんだ己は!?と
偏差値の高い大学、優良大企業、年収1,000万円。他人から見れば「成功」を積み上げながら、心は一度として満ち足りたことがない。
頑張ったのは間違いなく自分自身なのだから、本当はもっと自分に、支えてくれた人たちに感謝すべきだった。なのに当時の私は、自分も、自分を取り巻く全てをも否定していました。
これこそが老子の言う「無い無い沼」、足るを知らない者の貧しさだったのだと、今なら分かります。
環境を変えて気づいた「本当に欲しいもの」
私の場合、転機は田舎への移住でした。
私にとって負のスパイラルの元凶だった「バリキャリ」という生き方に終止符を打ち、心身を落ち着かせて自分と向き合ってみたら、衝撃的なことに気づいてしまった。
使えるお金に制限がかかったのに、不都合がほとんど無い…!
あれだけ買い漁っていた服も、通い詰めていたサロンも、無ければ無いで全く困らない。
つまり本当に欲しかったものは、最初からごく一部だけだったんです。



じゃあ何が欲しかったの?



私の場合は「平穏」だった。”誰かの期待どおりの私”を演じなくていい、静かで平凡な暮らし
改めて考えてみると、私が生まれ持った性質は「内向的な陰キャ」。
他人に押し付けられた「成功」や、一般論的な「恵まれた生活」では、どうやっても満たされない。どんな優良企業でも、嫌な仕事でストレスと抱き合わせの大金を稼ぎ続ける人生では、私の心は豊かにならない。
だから私は、収入が激減しても質素に静かに暮らせるサイドFIREという生き方を選びました。



結局「ほどほどで満足」みたいになってるじゃん



ちがうちがう!私の場合はこうって話だよ
ここで大事なのは、これはあくまで「私の」答えだということ。
安定した収入こそが精神安定剤になる人も、社会的地位や豪邸や高級車で満たされる人もいる。それが本心からの望みなら、それはその人にとっての立派な「富」です。
問題は、自分の望みと他人の期待を取り違えたまま走り続けること。かつての私のように。



「自分が本当に欲しいものは何か」って、意外と自分でも分かってないんだよね。私は見つけるのに16年かかっちゃったもん
同じようにモヤモヤしている人のために、私なりの診断を作ってみました。
お遊び感覚で3分で出来るので、よろしかったら試してみてくださいね👇️


私にとっての「足るを知る生活」
移住して6年。今の私の「足るを知る生活」はこんな感じ↓
畑を耕して、猫を撫でて、自分で選んだ仕事を自分のペースでやる。
収入はバリキャリ時代の比ではないけれど、「服が無い」と嘆いていた頃より、心は圧倒的に豊かになりました✨️
余談ですが、私のお金の使い方が他のバリキャリ女たちと唯一違ったのは、ハイブランドのバッグや服には興味が無く、高い車につぎ込んでいたという点。
その車は今でも大事に乗っているので……
んんん、高給取りも悪くなかった!



オチそこかいっ
いや、過去の自分を労ってあげているのだよ。
あの頃買い漁ったものたちも、欲しくはなかったとしても、壊れそうな心身をかろうじて繋ぎ止めてくれていた「必要」な物ではあった。だから後悔はありません。



一片の悔いなしっ
その上で、これからは「他人の期待」ではなく「自分の望み」にお金と時間を使っていく。
暮らし方と働き方を自分で設計し直すこと、それが私にとっての「足るを知る者は富む」の実践です。サイドFIREという選択肢について詳しくは【田舎暮らし×FIRE 4つのスタイル比較】で書いています。
さぁ、私だけの「富」の形のため、今日も突っ走るぞーっ♪
「足るを知る者は富む」に関するよくある質問
- 「足るを知る者は富む」は誰の言葉?
-
古代中国の思想家・老子の『道徳経』第三十三章が出典です。なお仏教にも「知足」という考え方があり、京都・龍安寺のつくばいの「吾唯足知(われただたるをしる)」が有名です。
- 「知足者富」の読み方は?
-
「ちそくしゃふ」と読みます。「足るを知る者は富む」の漢文表記(四字熟語)です。
- 座右の銘にしてもいい言葉?
-
むしろ座右の銘向きの言葉です。「現状維持」ではなく「今あるものへの感謝を土台に、自分の志へ進む」という二段構えの意味で使うのがおすすめです。

お気軽にコメントください♪